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南船北馬の精神史 老荘思想 / 道教 - 古代中国の思想史 - 福永光司 (元京都大学人文科学研究所) - YouTube

南船北馬の精神史 ー古代中国の思想史ー 

元京都大学人文科学研究所長 

福 永 光 司(ふくなが みつじ) 

大正7年大分県中津市生まれ。昭和17年京都帝国大学文学部哲学科卒。復員後、京都大学助手、高校教師などを経て、昭和36年京都大学人文研助教授、45年教授。49年東京大学文学部教授を経て、55年京都大学人文研所長となり、57年定年退官。同年関西大学教授。61年北九州大学教授、平成元年退職。荘子、老子研究の大家。近年は天皇制の思想、信仰を道教の観点から解明する論文を発表。著書に「荘子」「老子」道教と日本文化」など。 

wiki : 


ききて 白 鳥  元 雄   

ナレーター: 大分県北部、福岡県と境を接する中津市。天正(てんしょう)年間に黒田如水(じょすい)によって築かれ、昭和三十九年に再建された中津城が冬の空にくっきり聳えています。江戸時代から奥平氏十万石の城下町として栄えた面影を今に伝える町です。中津城からは北に周防灘(すおうなだ)、東に国東(くにさき)半島、南に耶馬渓(やばけい)の山々を望むことが出来ます。今日お訪ねする福永光司さんは、大正七年にここ中津市でお生まれになり、京都大学で中国哲学を専攻され、特に老荘(ろうそう)思想の研究で知られております。京都大学、東京大学などで教鞭を執られた後、昭和六十一年から、故郷へ戻って研究を続けておられます。市内南高瀬のお住まいで、温かいコタツに当たりながらお話を伺いました。  

白鳥:  こういう柔らかい陽射しに包まれた畳のお部屋で、漢籍を丹念に読んでいらっしゃるお姿などは、どうも帰るべき故郷(ふるさと)を持たない私から言うと大変羨ましいんでございますがね。     

福永:  ええ。一応、郷里に帰ることが出来て、非常に静かなところで、その点は帰って来て良かったと思っております。   

白鳥:  それにしても膨大なご本ですね。 

福永:  そうですね。あるのは書物ばかりで。ちょっと農村の中では奇妙な感じです。私はこの村で生まれ育ったんですけれども、五十年程離れていましたから、ちょっと村の人たちと違和感がありまして。   

白鳥:  ああ、これはしょうがないですね。   

福永:  私としてはゆっくり書物を読めますし、東京や京都のような騒がしさとか、同僚との言い争いや、負けん気を起こすことも憎みあうこともありません。その点は非常にいいと思います。   

白鳥:  このお部屋に入りまして、先ずこの額がパッと目に入ってきましたですね。これは賢治という署名から見ると、宮沢賢治の言葉なんですか。   

福永:  ええ。言葉は宮沢賢治の言葉ですけれども、書いたのは宮沢賢治じゃなくて、私の京都大学学生時代からの友人で、素晴らしい字を書く人がいまして。この額が目に入りましたので「是非譲ってくれ」。      

風とゆききし 
雲から 
エネルギーをとる 

「風と雲というのは、これは荘子の逍遙遊の哲学のキーワードなんだから」ということで譲ってもらったんです。   

白鳥:  そうですか。 風とゆききし雲からエネルギーをとる   

福永:  はい。風の文学というのは、中国では荘子から始まるんですね。それから雲の文学もやはり荘子から始まります。荘子の言葉で言いますと、        

千歳(せんざい)世を厭(いと)えば去りて上僊(じょうせん)し、  
彼(か)の白雲(はくうん)に乗じて帝郷(ていきょう)に至らん        
(『荘子』天地篇)   

「千歳(せんざい)世を厭(いと)えば去りて上僊(じょうせん)す」。白い雲「白雲に乗りて、帝郷(ていきょう)に至る」。

帝郷は皇帝の帝という字と故郷(ふるさと)の郷(きょう)ですけれども、これは上帝すなわち神の世界と言う意味ですね。不老不死の神仙(しんせん)世界という意味で、白い雲に乗って神仙世界に行くという意味なんですけれども。   

白鳥:  成る程。   

福永:  はい。結局、現実世界と天上の神仙世界との交通手段という問題ですが、一番古いのが雲ですね。雲に乗って行き来するということ。それから今度は動物の龍に乗って、行き来するということになって、そこで雲と龍のコンビネーション(Combination)雲龍(うんりゅう)が成立します。   

白鳥:  はあ、成る程。   

福永:  それから、今度は鳥がその次に来て、鳥のなかでも鳳(おおとり)から鶴ですね。鶴に乗って仙人が神仙世界に行くというふうに。   

白鳥:  そんな絵も見たような気もありますですね。お目出度い絵で。   

福永:  ええ。そして今度は雲と水のコンビネーションで逍遙の遊びを実践する、これは後に禅宗の雲水(うんすい)という言葉になりますけれども、もともとはやはり荘子がルーツですね。   

白鳥:  成る程ね。「風とゆききし 雲からエネルギーをとる」。   

福永:  ということで、一番のルーツは老荘の哲学です。   

白鳥:  その言葉に惚れ込んで、これを。   

福永:  ええ。是非にということで。それから私も若い時にはやはり風と行き来し、雲からエネルギーを取るということで、つまりこれは風雲児という中国語にもなりますけれども。   

白鳥:  成る程ね。   

福永:  はい。九州の田舎から、風と雲を望んで広々とした世界に出たいという、そういう願いをもっていましたので、「この額を是非」と言って貰って来たんです。   

白鳥:  そうですか。成る程。そういった意味では、『荘子(そうじ)』という本を書いた荘子、或いはそれの先輩に当たる老子ですか。この老荘の思想というのは、いまその風とか雲というのは象徴だというお話がありましたけれども、基本的にはどういう考えなんですか。   

福永:  それはやはり”道(みち)”という言葉ですね。道路の道(どう)という言葉ですけれども、これは分かり易く言えば、”命の根源”ということです。これは京都の哲学界などで、”真実在(しんじつざい)”というふうな言葉にも訳されていますけれども、万物を万物として成り立たしめている根源的な真理。要するに万物はそれぞれ命をもって生きている。その万物の命の根源。これが道ということですね。中国ではダオ Dao と発音します。ヨーロッパでは Tao タオですね。タオイズムのタオ。   

白鳥:  日本ではそのように道(どう)とか、道(みち)とか。   

福永:  ええ。真実在と言っても、森羅万象(しんらばんしょう)の根源にあって、森羅万象、勿論、人間をも含む”森羅万象を森羅万象として、存在せしめている根本の真理”ということで、分かり易く言えば、私は”命の根源”という言葉で表現出来ると思います。   

白鳥:  全ての存在を存在せしめている真理という。   

福永:  根源的な真理ですね。   

白鳥:  根源的な真理ですね。   

福永:  その根源的な真理は働きをもっているわけですね。ですから荘子の哲学の場合には、道は変化の流れというふうに、流れとして捉えていきます。私達が学んだ京都の哲学界では、西田幾多郎先生のように、”生命の流れ”という言葉で表現されます。”真実在(しんじつざい)”ということも、実は西田幾多郎先生が最初に荘子の道を”真実在”という新しい日本語で訳されたんだと思います。   

白鳥:  今の一切存在を一切存在たらしめている根源的な真理、そういったある一種の超越的な存在というのをよく神という形で観念する、そういう宗教というのは多いんですよね。そうじゃなくて荘子では真理という言い方をしているわけですね。   

福永:  ええ。真理という言い方ですね。荘子よりも前に孔子さんという、これは儒教の開祖にされる方ですけれども、その方の場合も、やはり道という言葉を使いますけれども、孔子さんの場合の道は、先王(せんのう)の道とか、君子の道とか、支配者として多くの人達の人の上に立って、支配していく場合の理想的な人格という意味で、君子と呼ばれる。君(きみ)という字が付いていますから、これは人の上に立つという支配階級という意味を同時に含むわけですね。支配者として人々を治めていく立派な人格をもった人を君子と呼び、その君子のあり方が道(みち)ですね。   

白鳥:  そういうところから道徳律みたいなイメージが出て来るんですかね。   

福永:  そうです。しかしその君子の道は後生の人が勝手に作るんではなくて、先王の道、ずっと中国の古くからの理想的な支配者、帝王、天子(てんし)さんが作られたものなんですね。   

白鳥:  そうすると、その老子、荘子の言った道、それとはちょっと違うものですよね。   

福永:  違うんですね。だから儒教の場合でしたら、やはりこれは家族制度を基盤において、祖先崇拝ということが重要視され、その祖先は天の神と繋がるというふうに考えられる。天の神、これを上帝(じょうてい)、上の帝王(ていおう)と書きますけれども、上帝とか、天帝とかいうふうに呼んで、その天の神の委託を受けて、地上の皇帝が出現してくるというふうに説くわけですね。   

白鳥:  成る程。老子、荘子の場合にはそういう孔子の考え方とはちょっと違って、むしろ道というのは別な一種の観念とか、概念とかというふうな、そういったものに使っていると。   

福永:  そうですね。   

白鳥:  そういう老子とか荘子、これは確か西暦紀元でいうと、紀元前四世紀とか、五世紀という方なんですね。   

福永:  孔子さんの場合が前六世紀、荘子さんの場合が前四世紀ですね。老子はずっと中国では伝統的に孔子さんの師匠ということになっていますから、孔子さんよりも先輩ということになります。ただし今残っている『老子』という書物の成立は、大体、前三世紀の頃であるというのが、一般の定説みたいになっております。   

白鳥:  そうですか。その老子とか、荘子、つまり老荘思想と言われて、思想家であり哲学者なのですね、神様というような超越者の存在ではない、そういう基本原理としてのタオ、道という観念が生まれたのは何故なんですか。   

福永:  ええ。それは結局、孔子さんの儒教の場合は、人間とは何かを為す存在であるということで、何を為すか、如何に為すかという”為す”に重点をおく。これは作為もしくは有為という中国語を使いますけれども、何を為すかということを一貫して重視する。孔子さんの教えは要するに「有為の教え」である。   

白鳥:  有るという字に為すという字で、有為(ゆうい)。   

福永:  「為すこと有らん」というのは、これは孟子の言葉で、『孟子』という書物の中に見える言葉ですけれども、儒教は有為の教えであるとされる。しかしこれは一種の理想ですから、現実にはその通りにいかない場合がある。例えば親が亡くなったら、子は三年の喪(も)に服し、その間は夫婦の交わりをしてはならないとか、いろいろな細かい規定があるんです。実際に三年間それを守るということは不可能ですから、結局、表と裏の二重帳簿式の一種の誤魔化しが横行するということになります。そういう誤魔化しをもう一度根本から洗い直すということで無為の教えが説かれる。出来るだけ人間のすることを切り捨てていって身軽になるという切り捨ての方向ですね。有為の教えというのは積み重ねの努力を積み重ねていく。それに対して、出来るだけ切り捨てていって身軽になる生き方。それで道というものが人間を含む一切万物を一切万物として、成り立たしめる根源の根源であるということになります。ですから儒教で上帝とか天の神とか言えば最高の存在ですけれども、その最高の上帝や天の神をも天の神として、成り立たしめる根源の真理がタオであるということになって、上帝や神を上帝や神として成り立たしめる根源の根源の真理がタオということですから、つまり宗教を宗教として成り立たしめる根源の根源の哲学的真理とでも言ったらいいかと思います。   

白鳥:  成る程。儒教が人のあり方というのは、つまり人の存在をいわば前提として、こうあるべきだというような形の一種の道徳律への教えと。   

福永:  ええ。そうですね。儒教の教えは政治倫理の教えという言い方もされます。   

白鳥:  それに対して道の教え、道教という言い方もありますけれども、道の教えの方はそうじゃないんだと。人間というのはもっと根源的に考えると、こういうものなんだということなんですね。   

福永:  宇宙と人間の根源にある真理は何かと。   

白鳥:  しかも人というのは相当混沌(こんとん)たるものだと、そんな綺麗ごとでは済まないんだという。   

福永:  ええ。そうです。それは実際に偽善が横行する社会であると同時に、戦国時代という戦争に明け暮れて、丁度、戦争に駆り出された私達と同じように、朝起きたらその日の命があるか、ないか保証はないという、そういう状況の中で人間とは何か、自分が生まれて来たということはどういう意味を持つのか。やがて死ぬということは大きな流れの中で、どういう意味を持つのか。人間とはどこからきて、どこへ行くのかとか。そういった問題を考えざるを得ない状況に置かれて、道の哲学が成立したというふうに考えたらいいんではないかと私は思います。   

白鳥:  そうですか。   

福永:  一番の老荘の哲学のスタート点は、この自分の命というのがどのようにして成立したのかということ。それからこの命を全うする為にはどのようにしたらいいかということで、これは荘子の中の言葉ですけれども、「生を全うし身を保つ」「全生(ぜんせい)保身(ほしん)」ということが、それで道教の最高の理想だというふうに説かれているんですね。   

白鳥:  「全生保身」。   

福永:  「全生保身」。完全の全という字に、生命の生という字、それから保健の保つという字に、身体の身ですね。   

白鳥:  全生保身。   

福永:  ええ。全生保身。この保身という老荘哲学の言葉に対して、孔子さんの儒教の方では、これは少し極端な言い方ですけれども、『論語』の中に「身を殺す」という。「身を保つ」に対して、「身を殺して仁を成す」。儒教の最高の理想は”仁”ですから、それに対して老荘の哲学の場合は政治倫理だとか、経済軍事とか、いろいろなことを言っても、それはその時、その時のいろんな状況で変わっていくけれども、一番大切なことは”人間の命を最高の価値”とするということですね。政治も経済も軍事も全て命を全うする為に考えられなければならない。命を全うする為のサーバント(Servant)でしかないんだと。それを逆に、政治倫理の為に命を捨てるということを説く教えは、どこかずれているんではないかというのが、老荘の立場ですね。生を全うするということ、そしてこれは老荘の重要な要素である身体ですね。ここで身(み)をというのは身体(からだ)なんです。身体を非常に重視するんですね。生身の身体で命を考えていく。ですから医学と結びつき、薬学と結びつくわけですけれども、漢方医学というのは、もともと道教から始まるんですね。ですからそういうふうにして、同時に老荘の哲学は荘子の段階で生老病死、人間が生まれてくるということは、どういうことなのか。それから歳をとるということはどういうことなのか。それから病むということはどういうことであり、やがて死を迎える死とはどういうことなのかということに対して、一つの哲学が整理さ れるわけですね。それは『荘子』という書物の中にありますけれども、老荘の哲学の根本ですね。   

白鳥:  儒教がいわば忠孝、そういう仁という一種のイデオロギーですね。それへの忠誠というのかな、それへの献身を最大限の徳目としたのに対して全く百八十度違う。   

福永:  ええ。そうです。ですから儒教の立場から言えば、とんでもない思想ということで危険な思想であると。   

白鳥:  反体制ですね。   

福永:  だから、かって私もそういって、それは「お前の同調している、老荘の哲学というのは大変危険な思想である」というふうに、忠告されたこともあります。ただしかし、老荘の場合は今言ったように生を全うすることを根本として、生を全うする為にはどのようにしたらいいかということで、先ず最初は、鬼の道、鬼道とか、或いは巫女(みこ)さんの道、巫術(ふじゅつ)とか、呼ばれて、つまりシャーマニズム(Shamanism)ですね。シャーマニズムからスタートするんですね。神様にお願いするということでスタートするんですけれども、そのうちにやはり人間の自力で開発しなければならないということで、医学薬学が第二の段階で展開していきます。それから第三の段階で医学薬学というのは技術的な問題で、それよりも一体命とは何なのかという命の哲学が、第三段階で出て、人間の命というのは宇宙の大きな命の流れ、そこから個の命が生まれてきて、一定期間この世での生活を過ごすと、生まれる前の宇宙の大きな命に帰っていくんだという命の哲学が完成するんですね。しかし今度は第四の段階で、しかし命を全うするということを現実の世界で実現しようとすれば、やはり政治の良し悪し、それから経済の問題、それから社会のあり方、それから軍事や技術というふうな、また戦争と平和というそういう問題を考えなければ命を全うするという問題は解決出来ないんだというふうに中国で大体五世紀頃から、そういう考え方になって、そこで儒教との接合点が出来るわけですね。   

白鳥:  ああ、成る程。つまり社会問題と政治的な問題とその解決のための実践論ですね。   

福永:  ええ。ですから、四世紀を境にして、それまでの老荘や道教の哲学というのはこれはいわば反体制で体制を批判する側だったんですけれども、四世紀、五世紀の頃から体制内に変わる。そして唐の時代のように皇帝の宗教に道教がなるわけですから、そこのところは一応区別しなければいけませんけれども。生老病死ということから、命を最高の価値として、その命を全うするということを最高の目標にして、政治も軍事も科学技術もみなそれのサーバントであるという位置づけをしなければいけないというのが、老荘の「道」の哲学です。   

白鳥:  つまりその身を保つということは、今ある存在そのものを、つまりしかるべく生まれた道という真理によって生来した人の存在そのものを大事にするんだ。自分の命だけの問題じゃなくて、存在そのものを大事にするんだという、こういう思想なんですね。   

福永:  そうですね。分かり易く言えば、命を身体で捉えるということですね。霊魂とか、非常に抽象的な死後の安らかさとか、そう言った問題よりも、生身の身体で命を捉えていく。その為に医学が必要であり、薬学が必要であり、いい政治が必要であり、いい科学技術が必要である。しかしそれらは全て、生を全うする為の補助手段なんだという考え方ですね。それを本末転倒して政治的なといっても、実際はある特定の皇帝だとか、政治権力者の敷いた路線に従わないものは全部悪として、殺してしまうというようなやり方ではなくて、政治は如何にしたら人類の命を全うすることに役立つか、科学技術というものも、あくまで命を全うする為の一つのもっとも有効な手段として、位置づけられなければいけないのに、科学技術が独走してしまって、人間が科学技術のサーバントにされてしまうような世の中は、非常におかしいんではないかというのが老荘の「道」の哲学の立場なんですね。   

白鳥:  成る程。先生、いまお話を伺っていると、とにかく儒教というのは、あれは漢の武帝あたりですか。   

福永:  孔子や孟子の儒学が漢の武帝の時代から現実の政治教化の中に組み込まれて儒教となります。   

白鳥:  国家的な儒教として、   

福永:  ええ。そうです。   

白鳥:  儒教とそれに対抗する道教ですね。道の教えというものが、これはやっぱり中国文化、或いは中国の思想というものの中ではこの二つが綯(な)い交ぜて。  

福永:  そうですね。相反するようですけれども、互いに助け合うという面もあるわけですね。それから初めの間は、例えば西暦前三世紀に書かれた『荀子(じゅんし)』という書物の中で、老荘の哲学というのは、これは「天を知って人を知らないものだ」と批判するのに対して、老荘の哲学の側からは儒教というのは「人を知って天を知らないもの」と批判しますね。非常に上手く対照しますけれども、   

白鳥:  お互いにこう批難の応酬と言いますか。   

福永:  宇宙大自然の中に人間を位置づけて、人間とは何かを問うという点では、老荘の哲学は優れているけれども、現実の世界を秩序づけ処理するという点から言うと、全然無能力だという批判に対して、老荘の哲学の側から、これは『荘子』の中にもそういう意味の言葉がありますけれども、孔子さんを開祖にする儒教は、現実の人間世界を秩序づけ処理をすることは実に上手い。けれども、人間とは本来何であるのかとか、人間を人間として成りたたしめている大きな宇宙的世界については、つまり、具体的には生老病死の哲学については、何の答えも出せないという批判で対立するんですけれども。先程申しましたように、四世紀、五世紀の頃から、皇帝はこの道教の信者になるという現象が出て来まして、結局皇帝の不老不死の欲求と道教が結びつくわけですけれども。そういうふうにして皇帝であっても、公的な政治的人格としては、秩序の形成者、つまり儒教を信仰するけれども、プライベートな個人の生活では、道教の信者になるというふうにして、同じ人格が道教と儒教を合わせ持つという現象が中国文化の中で五世紀以降出て来るわけですね。   

白鳥:  ほんとにこう上手くない交ぜて、時にはある一人の人格の中に二つが入り込む。   

福永:  ええ、だから定年までは儒教であるけれども、それが定年になって在野の人となれば老荘の哲学、或いは道教の信者になるというケースが中国では非常に多いですね。   

白鳥:  そうですか。福永さんは昨年、こういう儒教の文化と「道」の哲学の対比。 それと中国でも北と南の文化を対比的にお捉えになって、”馬の文化”と”船の文化”と、こういうネーミングをされましたですね。これはやはりこう全てが対応しているというふうに考えてよろし いんですか。   

福永:  ええ、対比して考えていいと思いますけれども。私は大正七年、一九一八年の生まれですけれども、ずっと満州事変からこのかた戦争の時代に生まれ育ちました。そして実際に戦場にも行きましたが、私が行った戦場は中国の南の方ですね。広東省(かんとんしょう)から福建(ふっけん)省、海南島の海岸に近い地域の警備をする為に駐屯していたんですけれども、戦争の時代ですから、私達は徹底して、九州は特に徹底して儒教の教育訓練ですね。「身を殺して仁を成す。敵陣に突っ込んでいくことを君の為、父の為に、つまり忠孝の道徳の実現の為に、一命を擲(なげう)って、倒れて後止むというのが、お前達の最高の生き方なんだ。最高の死に方なんだ」という教育で、徹底的に訓練を受けました。戦場は中国南方の臨海地域で、この地域は実は孔子さんを開祖にする儒教よりも、老子や荘子を開祖にする道教、或いはそれの元である老荘の「道」の哲学。そういうものが非常に支配的な海原の文化、私は「船の文化」と呼んでいますけれども、その地域に駐屯して生活しています中に、中国の南の方の海の近くの漢民族以外の少数民族と呼ばれている人達の生活の仕方が、私の生まれ育った九州の東部の人々の生活の仕方と非常によく似ていますので、私は倭寇(わこう)の子孫がここに定着しているんじゃないかと、初め思ったんですけれどもね。一年経ち、二年経ちする中には、そうではなくて、むしろ私たちの祖先がこちらから移住してきたかも知れないという、そういう考え方に変わりました。   

白鳥:  中国南部から日本へ。   

福永:  それから中国の文化に大きな二つの流れがあるということに気が付きました。二つの流れというのが、その一つは南の船の文化、海原の文化ですね。もう一つが北の馬の文化。これは西暦前二世紀の漢の武帝の頃から、儒教と結合します。それから南の船の文化の方が老荘の哲学と。これは前二世紀に書かれた『淮南子(えなんじ)』という書物の中で確認されます。ここでは、既に老荘の哲学と、船の文化とが結合されていて、たとえば『荘子』列御寇篇に記述されているように老荘の理想的な人格というのは、丁度「繋がれざる舟の如し」、岸壁に固定されていない舟が波間に自由に揺蕩(たゆた)う、そのような揺蕩(たゆたい)を持つ自由人であると説明しています。その揺蕩(たゆたい)というのが、これは遊びの文化であり、同時に自由の文化であるというふうにして、老荘の「道」の哲学と結合していくんですね。   

白鳥:  はあ、まさに船を一つの喩えにして、   

福永:  そうです。それから海原を根源的な真理と老荘の哲学で説く。道というのは、分かり易く言うと、それは海原だと。道は果てしなく広がる海原のようなものであるという説明が、これはやはり『荘子』(知北遊篇)の中に出て来ます。そしてまた、老子の哲学で、最高の善は君主でも家父長でもなくて、これは水である。   「上善は水のごとし。・・・水は道に幾(ちか)し」 という老子の言葉(『老子』第八章)がありますけれども、   

白鳥:  水は道に幾し。   

福永:  ええ。そしてこの言葉の上文に「上善(じょうぜん)は水のごとし」とあります。   

白鳥:  それくらいに、中国と言うと、私達は一つに考えてしまうようですけれども、そんなにやっぱり北と南、そして考え方も違うわけなんですね。   

福永:  それを私は大体、次に述べるような七つの点で一おう区別しておりますけれども、その第一番目は”秩序と混沌”、或いは”渾沌(こんとん)”とも書きますが、   

白鳥:  最初におっしゃったコスモスとカオス。   

福永:  まずコスモスですね。秩序という中国語は儒教の古典の『周礼(しゅらい)』という書物の中に初めて出て来る中国語ですね。それから秩序と関連して”条理””不条理”という言葉がありますけれども、条理という言葉、これは『孟子(もうし)』の中の言葉ですね。筋道(すじみち)、筋を立てる、筋を通すという意味の条理という中国語を最初に使ったのは『孟子』(万章篇)で、孟子は条理すなわち秩序だてるということは、聖人の教えの根幹を成す言葉だという意味のことを言っております。それに対して、老荘の方はカオスという言葉、混沌(こんとん)ですね。これは三水偏(さんずいへん)に、軍隊の軍の字を書く場合もありますけれども、意味は混と同じです。これは生きているもの、生きてあること、或いは命の営みを説明する言葉として『荘子(そうじ)』という書物の中で最初に使われる言葉ですね。人間が生きているということは、これは秩序だったところもあるけれども、どうしても秩序では捉えきれない何かが残るんだということですね。どうしても割り切れないものが、命の営みの中にはどうしても残るんであって、これは論理学などでいう矛盾という言葉ですね。形式論理学の矛盾ということでは到底捉えきれないカオスの状態。   

白鳥:  そういうものは条理や秩序なんていうことを大事にする立場からは、とても許せないことなんですね。   

福永:  許せないことですけれども、   

白鳥:  老荘の人達は、それをそのままカオス、混沌のまま受け取ろうじゃないかと、   

福永:  そうですね。やはり命の原点というものを大事にして、秩序も大事だけれども、その原点を押さえて、そこから秩序というものを、絶えず見守っていくということが必要であって、秩序というものは、一度出来上がってしまうと時間の経過とともに形骸化してしまう。そういう性質をもっている。つまり老荘の哲学では、人間の作ったものはどんなに完璧なもののように見えても、何時かは崩れ去り、滅び去っていくものだという、そういう考え方があるわけですね。しかし命をもっているもの、特にこの天地大自然、大宇宙の命の流れというものは、そういった人間の作ったものを越えたところにある。しかしそれは矛盾だとか、対立だとか、そう言った秩序の論理では説き尽くしていけない混沌とした要素を絶えず残している、それが生きていること、命というものの本質であり実態であるというふうに説くわけですね。   

白鳥:  これはまた本当のコントラストをなしておりますですね。   

福永:  そうです。その次の第二は道と関連しますけれども、老子の哲学では、「道は万物の母」という言葉がありますけれども、儒教の場合でしたら、例えば、儒教の古典の『書経(しょきょう)』という書物の中では「天地は万物の父母(ふぼ)」父(ちち)、母(はは)となって、母の上に父がのっかってくるんですけれども、老子の哲学の場合には天地万物の母であって、父がないんですね。ということは道は女性的なものが根源であって、男性的なものではなく、母として女性として表現されるということ。 これは儒教が父系制社会を基盤にし、道教が母系制社会を基盤に置くというのと対応しますけれども。それから、第三に老子は道をまた天の道、天道(てんとう)とも言いますから、そこで今、日本語で「お天道(てんとう)さんは」という、お日様(ひさま)のことですね。で船の文化では太陽という言葉を使わずに日輪(にちりん)という言葉を使ったり、今、日本語のお日様ですね。そのお日様は女性と考える。それからお日様の赤い色、これも女性と考えますね。いまNHKの紅白歌合戦で、紅というのは、これははっきりと女性ですね。しかし、私の小学校時代では、中津は江戸時代、奥平(おくだいら)藩の城下町でしたから、士族の子孫の人達がかなりいて、士族の人達は儒教の勉強を江戸時代からずっとやっておりますから、従って、お日様は太陽で、太陽の陽は男性ですから、はっきりとお日様を男性と考えるわけです。そして、お日様の赤い色、これは中国共産党の赤い旗もそうですし、日本の旧軍隊でも、赤い真心(まごころ)、赤誠(せきせい)という言葉が戦争中によく流行りましたけれども、あれは男性と繋がる言葉ですね。   

白鳥:  赤は男の色だと。   

福永:  それは儒教の立場、馬の文化の立場からはそうですね。しかし船の文化の立場では、お天道さんは女性ですね。古事記の天照大神(あまてらすおおみかみ)ははっきり女性と書いてありませんけれども、日本書記では「須佐之男命(すさのおのみこと)の阿姉(なね)」とはっきり書いてありますから。   

白鳥:  女性神ですよね。   

福永:  そういうことで、お日様を男と見るか女と見るかということで、一応中国の文化が二つに分かれる。それからその次の第四は、これは右と左の問題ですけれども。今、日本の人達、男も女も私のように和服の場合は、必ず左の襟を右の襟の上にして着ます。これは中国語で左衽(さじん)、左という字に、衽(じん)は衣扁(ころもへん)に壬申(じんしん)の乱の壬(じん)という字を書きます。これは『論語』の中で左衽は野蛮人だという意味のことを孔子さんが言っておりますけれども舟の文化では左が上位。左大臣が右大臣よりも上位です。これに対して馬の文化、儒教の文化は、いま日本の社会であの人の右に出る者はないという言葉がありますけれども、右上位ですね。   

白鳥:  私達が和服を着る時には、左上位になっておるわけですね。   

福永:  ええ。左上位です。中国でも道教や仏教のお坊さんは左衽(さじん)ですね。   

白鳥:  左が上。   

福永:  それで右を上位にする支配階級、儒教の人達の命令を聞かない人が「彼奴(あいつ)は左巻(ひだりまき)だ」「彼奴の家は左前(ひだりまえ)だ」とさげすまれる。これは儒教の文献『礼記(らいき)』にはっきりと「右を尊しとし、左を卑しとす」と書かれておりますですね。   

白鳥:  右左(みぎひだり)も何か随分典型的な差が出て来るんですね。   

福永:  そうですね。それから第五に奇数と偶数もそうですね。日本の場合でしたら、いまも七五三行事というのが、盛んに行われていますけれども、このように奇数を重んじるのは元々中国の船の文化ですね。老荘の「道」の哲学、それを踏まえた道教という一種の宗教の儀式などで、人間の命の成長を、三の節目で押さえ、五の節目で押さえ、七の節目で確認していくという、そういう考え方があります。それが日本の古事記の神生み神話の中に取り入れられて、「三柱(みはしら)の神から別天神(ことあまつかみ)の五柱(いつはしら)、神世七代」というふうに神話の展開も、三五七になっていて、これが神(じん)社(しゃ)神道(しんとう)で、七五三行事になって、現在まで続くわけです。これは老子や道教の哲学の宇宙生成論で、「道は一を生じ」、一から三になって、三から五になって、五から七に展開していくという、そういう宇宙生成論が、根底に踏まえられています。   

白鳥:  やっぱり奇数が基軸になっているんですか。それに対して儒教の方は。   

福永:  儒教の方は「太極(たいきょく)、両儀(りょうぎ)を生じ、両儀、四象(ししょう)を生じ、四象八卦(はっか)を生ず」というふうに、二の倍数となっております。両儀というのは天と地で、両は二と同じですね。   

白鳥:  二、四、八。   

福永:  「八卦は万物の情(じょう)を類す」。「情を類す」というのは、真実の姿を類例的に表示するの意味です。   

白鳥:  その上は万という数字。   

福永:  ええ。そうです。老子の場合は「三は万物を生ず」。   
白鳥:  三、五、七、とこういくわけですね。   

福永:  ええ。奇数です。それに対して儒教の方は偶数ですね。日本では江戸時代は徳川幕府が儒教を採用しましたから、お祝い事は、すべて一対(つい)とするか二の倍数ということになりますね。  

白鳥:  それともう一つ先生が第六番目として挙げられたのは剛と柔という。   

福永:  そうです。   

白鳥:  これはなんでしたか。   

福永:  それが『論語』の中の「剛毅木訥(ごうきぼくとつ)、仁(じん)に近し」。   

白鳥:  ああ、これは我々の耳にも繋がっているものですね。   
福永:  硬くて強いということが、より美徳であるという感覚。これはやはり戦場に赴く男子を中心に考えたものですね。ですから硬くて強い。それに対して老子の哲学ではつまり船の文化の方では、ソフトである、柔らかいということ、しなやかという意味ですけれども。柔軟というのが元の意味ですけれども、ソフトでしなやかさを持つと、それが硬くて強いものに最終的には勝利を占める。これを老子は「柔(じゅう)は剛に勝つ」という表現をしていますけれども。それを踏まえて加納治五郎さんの講道館柔道ですね。加納治五郎さんは兵庫県の灘(なだ)の出身ですから、船の文化の地域の出身者ですけれども、「柔よく剛を制す」と。この言葉は柔道場であればどこにでも額にして掲げておりますけれども。これは老子の哲学、つまり船の文化に基づくわけですね。ですからハードなものも必要だけれども、ハードであると共にソフトの面、その両方が必要であるということですね。   

白鳥:  生老病死の感覚なんかも全然違うわけなんですか。   

福永:  生老病死の考え方は、大枠で申しますと、両者で共通しているものが多いんですけれども、やはり一番問題になる点は、儒教は家族制度を基盤において、祖先崇拝を非常に強く説いていますから、祖先のお祀りをするのに、祖先の霊魂が存在しないという考え方は、やはり成り立ちませんから、そこでお祀りをする限り、祖先の霊魂が存在する、これは一応、天に上がっているけれども、子孫は天に上がっている祖先の霊魂を下ろしてきてお祀りをする、或 いは魂を鎮める、招魂鎮魂(しょうこんちんこん)という儀式が行われますけれども。老荘の哲学の場合は、死というのは、生まれる前の自分に帰るということ、生まれる前の自分というのは、宇宙の大きな命の流れ、それに個の命が帰っていくんだと。死とは生まれる前の自分に帰ることなんだと。そしてその生まれる前の自分というのは、これは今、和歌山県の熊野などに残っていますあの補陀落(ほだらく)(ポタラカ)渡海の信仰。仏教と結合していますけれども。それから浄土真宗の場合でしたら、西方浄土というふうに水平線上に死者の世界を考えていきます。それに対して馬の文化の場合は、垂直線上というか、上下の関係で考えていくというふうにやはり違ってきます。ここで一番問題は、六世紀の中国で大論争が起きるわけですけれども、人間の死後に、霊魂が存在するかしないかという問題。それから霊魂が存在するという側は立派なお墓や神廟を作って、祖先のお祀りを盛大にするという考え方ですね。葬式も全財産を注ぎ込んで、盛大に行うのが、親孝行だという考え方に対して、老荘の哲学の方は、個の命は宇宙の大きな命に帰っていくんだという考え方ですから、『荘子』の中では、はっきり葬式もお墓もいらないんだと説いています。天地大自然を大きな棺桶と考えればいいじゃないかというわけですね。そして自分の死体は、この宇宙空間にばらまいてやればいい。儒教のように立派な棺桶を作ったって、地下に埋めれば、いずれ虫の餌(えさ)になるだけで、鳥の餌になるのと、地中の虫の餌になるだけの違いだから、拘る必要はないというふうに考えるわけですね。   

白鳥:  成る程ね。そして先生が最後に挙げられるのが、七つ目の賢と愚ですか。   

福永:  そうですね。これはもう『論語』(子張篇)に「君子は賢(けん)を尊ぶ」、「賢(かしこ)いということを大切にする」という言葉があるのに対して、船の文化を代表する『老子』の場合には、「我は愚人の心なるかな」「私の心というのは本当に愚かで、はきはきものも言えない。そういう愚かさを私はいつも抱きしめている」というような表現になって、これが後に浄土真宗の親鸞さんの愚禿親鸞(ぐとくしんらん)の愚禿(ぐとく)ですね。愚禿の禿(とく)はお坊さんという意味ですから、そこでは人間の賢さよりも、愚かしさを厳しく見つめていく。私達みたいな海外の戦場で敗戦を向かえて、戦場でいろいろと、人間が如何に愚かで危うい存在であるかということを、本当に身に沁みて、体験してきた世代ですけれども。そういった人間の愚かさ、暗さ、危うさの凝視、賢さも勿論注目しますけれども、賢さ以上に、人間の愚かさの凝視からスタートする、これはお釈迦さんの仏教も、私は同じだと思いますけれども、わが国では浄土真宗の親鸞さんがその典型的な人間だと思います。これは今の日本の教育界とも関係して来ると思いますけれども。   

白鳥:  賢になりたい、或いはなるべきだという、そういう呼び掛けとしては分かるんだけれども、実際問題として、賢というものを立てた時に、愚というものをどう。   

福永:  そうですね。その前に、賢とはいったい何かということですね。今の日本の教育界の場合は、どうしてもアメリカのハイテクノロジーの文化と言いますか、要するに、数字の文化ですね。デジタル(Digital)のデジットというのは、これはアラビア数字という意味で、全ての文化現象をアラビア数字化していくというところから、ハイテクノロジーの文化が始まっているわけですから、その消化率の高いものほど賢いということになる。   

白鳥:  全て数字化する。   

福永:  数字化するわけですね。   

白鳥:  標準化する。   

福永:  ですから、その路線で、最も素早く能率的に行動出来るものが、これが賢なんですけれども。人間の賢さ、愚かさというのは視点や角度を変えると、全く違った情景が出て来るということになります。人間の賢さとは何かということ、これは根源的には、人間とは何かという問題と絡んできますけれども。それが同時に教育の問題、政治の問題とも密接に関連し、これからの人類のあり方とも大きくかかわってきます。そういうことから最近、アメリカでフリッチヨフ・カプラという理論物理学者が『タオ自然学』という書物を出して、ハイテクノロジーの一番の本場で今、技術とは何かという問題、それを人間の心、マインドと結びつけ、マインドとテクノロジー、この関係をどういうふうに考えるべきかということの一つの答えとして、タオイズムのタオ、中国の道教の思想哲学がクローズアップされてきていますけれども。アメリカのハイテクノロジーを最も戦後忠実に後を追っかけてきた日本の文化の場合も、やはり同じような問題が浮上してきます。これは亡くなられた理論物理学者の湯川秀樹先生が、生前によく引用しておられた『荘子』の中の言葉ですが、        

機械有る者は、必ず機事有り、      
機事有る者は、必ず機心有り。        

(『荘子』天地篇)   

ここで機械というのは、カラクリというくらいの意味ですけれども。   

白鳥:  機はマシンの機械の機を使うんですか。   

福永:  ええ。機械はマシンという意味も含みますけれども、当時はカラクリという言葉の方が適当だと思います。「機械有る者は 必ず機事あり」。「機事」は機械の機の字に、事件の事という字を書きますけれども、機械技術をすべてとする人は、全ての事物を機械で処理して、それで万事終わりだという考え方を持ちやすい。そうして「機事有る者は 必ず機心あり」、機械をすべてとする技術者は、その人の心も機械のように冷徹で、ただ物理的な動きしか持たない、生きた命の息吹を持たない心のあり方になってしまって、全く機械的に操作するようになる危険があるから、注意しなさいという言葉を、西暦前四世紀の哲学者・荘子が人類に警告しています。その荘子の言葉を生前の湯川さんが私に「凄いことを言っているなあ」というふうに、よくおっしゃっておられましたけれども、この言葉をやはり二十一世紀に向けての日本の人々は、今からやはり噛みしめていくべきではないかと、そういうふうに私は思います。   

白鳥:  全てのこういった警告を二十一世紀へのメッセージとして、私達がまともに受け止めなければいけないかも知れませんですね。   

福永:  そうですね。   

白鳥:  どうも有り難うございました。          

これは、平成九年一月二十六日に、NHK教育テレビの「こころの時代」で放映されたものである 


以下より引用 :

Shinji Nakamura's insight:
【五木寛之】この時代に必要な 『覚悟』 《学問ノススメ》vol 152 ハイライト 54分29秒 から 映像 スタート 

五木寛之の 心の師 を語る部分より。 


道教 タオイズム の専門家 元京都大学人文科学研究所長 福永光司 先生を知ることとなる。 

【映像 1時間】 南船北馬の精神史 福永光司  1997年1月26日 放送  

無為の教え 切り捨てて身軽になる道 ⇔ 有為の教え  積み重ね 

荘子 道教の最高の理想  生を全うして身を保つ 「全生保身」 ⇔  孔子 儒教 論語 : 「身を殺して仁を為す。」  儒教の最高の理想 は 仁

 「人間の命」 を最高の価値とする。 政治、倫理、経済、軍事 等の全ては 命を全うする為に考えられなければならない。 

命を全うする為のサー バントでしかない。 

それを逆に、政治、倫理の為に命を捨てると説く教えはどこかずれている。 

老荘の立場 人間の生身の体を命と考え、第一とする教え 「漢方医学は道教から始まる」  

儒教の反体制  4,5世紀から儒教と交わる。
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日暮里の繊維街に外国人観光客 手芸の素材まとめ買い (NIKKEI STYLE)

日暮里の繊維街に外国人観光客 手芸の素材まとめ買い (NIKKEI STYLE) | Brain & Soul | Scoop.it
 成田空港と東京都心を結ぶ日暮里駅。この駅周辺で最近、外国人を多く見掛けるスポッ
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「思想犯」にされた日々 95歳と96歳 治安維持法を語る

「思想犯」にされた日々 95歳と96歳 治安維持法を語る | Brain & Soul | Scoop.it
何気ない日常を描いた1枚の絵。それをもとに「思想犯」と決めつけられ、突然逮捕されたら? 治安維持法と特別高等警察(特高警察)があった戦時下の日本では、 今では考えられないようなことが度々「事件」とされた。そうした事件の当事者は年を重ね、次々と他界している。数少なくなった当事者の声を聞くため、北海道に向かった。
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ヤメ検、ヤメ判と生粋の弁護士の発想の違い

ヤメ検、ヤメ判と生粋の弁護士の発想の違い | Brain & Soul | Scoop.it

2010年10月20日 14:57 

早川忠孝 ( https://ameblo.jp/gusya-h/entrylist.html )


ヤメ検、ヤメ判と生粋の弁護士の発想の違い

あくまで大まかな傾向として理解していただきたい。

ヤメ検とは検察官を辞めて弁護士になった人を言い、ヤメ判とは裁判官を辞めて弁護士になった人を言う。

ヤメ検は検察庁の捜査の実情を知っているから、検察官がどんなことに関心があるかに敏感である。

冤罪の発生を防止する、という観点から弁護に取り組むというよりも、事件の広がりをどこで食い止めるか、被疑者やその他の事件関係者が不当に長期間身柄を拘束されないようにするにはどうしたらよいか、ということが検察官出身の弁護士に期待されており、当然ヤメ検と呼ばれる人たちはこういうことが得意である。

刑事事件で元検察官の弁護士が重用されるのは、こういう背景がある。

刑事事件に特化すれば役に立つが、学者ではないので理屈の立て方は、割とサラッとしている。

判例や通説に従った物の見方をしやすい。

もともと検察官の仕事が過去の裁判例や内閣の有権解釈に基いた法令解釈を具体的事件に当て嵌める作業なので、法律そのものの解釈の仕方は極めてオーソドックスである。

裁判官出身の弁護士は、自分が裁判官になったような感覚で事件を見がちだから依頼者とはあまり上手く行かないことが多い。

あの裁判官は間違っている、などと平気で言い勝ちである。

新しい判例を作るとか、学者の仲間入りをするときは裁判官の経験は実に有用だが、刑事事件の弁護は冤罪事件でもない限り、あまり元裁判官の弁護士のところには来ない。

真面目で役に立つが、融通が利かないところがある。

こういうことが分かっていると、これまでの小沢氏側の足りなかったところがよく見えてくる。

裁判所を説得するための準備が十分でないのに負ける戦いを始めてしまい、緒戦で負けてしまった、ということだ。

生粋の弁護士は裁判所を説得することが如何に難しいことかを知っているから、訴状も準備書面もこれでもかこれでもか、というくらいに書く傾向がある。

試験だったら「書き賃」を払ってもいいか、と思うくらいに書く。

特に大きなローファーム、渉外事務所系の弁護士は膨大な判決例や学者の論文、外国の法制度などを並べ立てて裁判所をなんとか説得しようとする。

刑事弁護を専門にする弁護士も似たところがあり、緻密な論証が得意で、時間を惜しまない膨大な書面の作成を常としている。

しかし、今回小沢氏が申し立てた差止請求等の書面は比較的簡明だったようだ。

分かりやすいが、裁判所を説得する材料が乏しかった、ということだ。

どんな仕事でも一人では大した成果は挙げられない。

仕事が出来る仲間を集めて、いいチームを作り上げることが肝心だ。

指揮官ばかり多くては仕事は仕上がらない。

雑兵ばかりでは、間違った方向に向かっているのが分からない。

どうやら出直した方がよさそうだ、と書いておいた。

今朝の新聞に、小沢弁護団の団長に生粋の弁護士が就任することになった、という記事が載った。

これで、これまでの検察OB主体の刑事弁護が大きく変わることになるだろう。

読者の皆さんには、そういう目でこれからの展開を見届けていただきたい。 


タグ: 新聞 法律 冤罪

Shinji Nakamura's insight:
ヤメ検​、ヤメ判​ と生粋の 弁護士​ の発想の違い  

抜粋 : 熊田彰英 弁護士は、自民党の小渕優子・元経産相や甘利明・元経済再生相などの弁護経験もあり、安倍政権と非常に近い弁護士として知られている。その熊田弁護士がなぜ佐川氏の弁護を引き受けたのか。野党陣営からは「佐川氏が万が一にでも寝返った時の『抑え役』ではないか」という見方も出ている。  

* 佐川氏の補佐人は、安倍政権御用達のヤメ検弁護士


* 佐川氏が相談していた補佐人は特捜部OBの「ヤメ検」 

熊田彰英 弁護士は、自民党の小渕優子・元経産相や甘利明・元経済再生相などの弁護経験もあり、安倍政権と非常に近い弁護士として知られている。その熊田弁護士がなぜ佐川氏の弁護を引き受けたのか。野党陣営からは「佐川氏が万が一にでも寝返った時の『抑え役』ではないか」という見方も出ている。


*刑事訴追の恐れとは?分かりやすく簡単に意味を解説!佐川氏証人喚問! 

抜粋: 「「刑事訴追の恐れがありますので、証言を控えさせていただきます。(本当のことを言うと、刑事罰の対象になる可能性があるので言えません。)」、というのは、ある種の魔法の言葉で、水戸黄門の印籠のような作用をする。 

今日の証人喚問に立った方々は、衆参を問わずそれぞれに与野党の精鋭と目されるいわゆる真面目な方々だったろうから、議院証言法を持ち出されてしまうとまず金縛りにあう。 証人喚問で嘘の証言をすると、偽証罪となってしまいますから、言わないんです。 

証人喚問で嘘の証言をした場合、偽証罪となります。 

偽証罪は3か月以上、10年以下の懲役となります。 佐川氏は、「刑事訴追の恐れがありますので、証言を控えさせていただきます。」と、50回近く発言しました。この発言で答えることを拒否し、偽証罪となるのを避けましたが、そもそも「刑事訴追の恐れがありますので、証言を控えさせていただきます。」と発言を連発することに問題はないのでしょうか? 真相解明を目指すという意味では、これは望ましくないような気はしますが、許されることなのでしょうか? 

実は、憲法38条1項にはこう定められています。 

何人も、自己に不利益な供述を強要されない つまり、OKなのです。

自白は決定的な証拠として扱われるため、自白の強要をし、多くの冤罪を招いたことが問題視されたため、定められた規定です。 


議院証言法 : 議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律(ぎいんにおけるしょうにんのせんせいおよびしょうげんとうにかんするほうりつ、昭和22年12月23日法律第225号)は、日本の国会において行われる証人喚問の詳細を定めた法律である。略称は議院証言法。


*佐川氏の証人喚問の評価   早川忠孝


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安倍内閣の弾圧で廃刊になった雑誌が放った最終号の暗黒日本暴露の特大スクープ : 藤原 肇  記事 まとめ

筆者の横顔 

藤原肇(ふじわらはじめ)1938年、東京生まれ。仏グルノーブル大学理学部にて博士課程修了。専攻は構造地質学、理学博士。 多国籍石油企業の開発を担当したが、石油ジオロジストを経て、米国カンサス州とテキサス州で、石油開発会社を経営した。コンサルタント、フリーランス・ジャーナリストとしても活躍。ペパーダイン大学(米国加州)の総長顧問として、21世紀の人材育成問題を担当する。  処女作の『石油危機と日本の運命』(サイマル出版会)で、石油危機の襲来を予言したのを手初めに、『平成幕末のダイアグノシス』『朝日と読売の火ダルマ時代』『夜明け前の朝日』などで、ジャーナリズム論を展開した。『情報戦争』『インテリジェンス戦争の時代』などの情報理論もある。また、『賢く生きる』『さらば暴政』(清流出版社)、『生命知の殿堂』(ヒカルランド)、『小泉純一郎と日本の病理』(光文社)、『Japan's Zombie Politics』『Mountains of Dreams』(Creation Culture)など著書多数。
Shinji Nakamura's insight:
安倍内閣の弾圧で廃刊になった雑誌が放った最終号の暗黒日本暴露の特大スクープ

安倍政権のデタラメ政治を徹底批判した記事のために、国税庁から差し押さえされて廃刊に至った経済誌「財界にっぽん」が、最終を飾る四月号で自公体制による言論弾圧を暴露した。

特別寄稿 日本を破壊したゾンビ政治と愚民化のための言論統制 『財界にっぽん』 2018年4月号

● 藤原肇 先生の書籍は B層 低能大衆が騒いでいた時代、小泉フィーバー時代に購入した書籍 2005年 出版 「小泉純一郎と日本の病理 改革者か独裁者か」http://amzn.to/2FHlShk が懐かしい。

更に2012年当時読んだ、「CIAに喰われた野田政経塾内閣に日本は潰される! 暴走する”松下ホモ人脈”」は本当に驚かされた。民主党母体である松下村塾のホモ人脈説 ← 全くまともな記事です。

★ 推薦記事:

* 最新記事 : 特別寄稿 日本を破壊したゾンビ政治と愚民化のための言論統制 『財界にっぽん』 2018年4月号


* 『紙の爆弾』2012年4月号 CIAに喰われた野田政経塾内閣に日本は潰される! 暴走する”松下ホモ人脈”



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「長良隕石」発見場所を訂正、命名に影響なし (読売新聞)

「長良隕石」発見場所を訂正、命名に影響なし (読売新聞) | Brain & Soul | Scoop.it
「長良隕石」発見場所を訂正、命名に影響なし
3/11(日) 11:38配信
 岐阜聖徳学園大学などは、岐阜市の畑で見つかり、「長良隕石(いんせき)」と命名した鉄隕石の発見場所について、「岐阜市長良宮口町」から隣接する「岐阜市長良」に訂正した。

 国際隕石学会に登録された「長良隕石」の命名に影響はない。
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えっ、スリランカカレーにかつお節!? ~セイロン イン(スリランカ料理)

えっ、スリランカカレーにかつお節!? ~セイロン イン(スリランカ料理) | Brain & Soul | Scoop.it
ここ数年、ふと気づくと周りにはスリランカへ行く女友達が多い。インドの伝承医学アーユルヴェーダを体験したり、建築家ジェフリー・バワのホテルに泊まったり、世界遺産の寺院を訪ねたり……リラックスと知的好奇心…
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混ぜておいしいあいがけスタイル スリランカ式 スパイスカリー 2018年2月12日(月)新発売|

混ぜておいしいあいがけスタイル スリランカ式 スパイスカリー 2018年2月12日(月)新発売| | Brain & Soul | Scoop.it
株式会社中村屋(代表取締役社長鈴木達也東証第一部:2204)は、2種あいがけするレトルトカレー「スリランカ式スパイスカリービーフカリー&野菜と豆カリー」、「スリ…(2018年02月14日 14時15分00秒)
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ランチ限定で寿司店が作る、和食・寿司・スリランカカレーが融合したかつてない“創作カレー” | NewsWalker

ランチ限定で寿司店が作る、和食・寿司・スリランカカレーが融合したかつてない“創作カレー” | NewsWalker | Brain & Soul | Scoop.it
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中国の「一帯一路」に是々非々で対応せよ  :日本経済新聞

中国の「一帯一路」に是々非々で対応せよ  :日本経済新聞 | Brain & Soul | Scoop.it

中国の「一帯一路」に是々非々で対応せよ
2018/2/22付日本経済新聞 朝刊

 中国主導で広域経済圏をめざす新シルクロード経済圏構想(一帯一路)をめぐり、日本と中国の企業が第三国で協力する構想を日本政府がまとめた。

 両国の企業がそれぞれの技術を持ち寄り持続可能な形でインフラを整備できれば、第三国や地域の健全な経済発展を後押しできる。ひとまず妥当な内容だ。

 その一方で中国による軍事利用に手を貸してはならない。透明性が高く、環境にきちんと目配りした事業である必要もある。日本は事業ごとに協力できるか否かを慎重に吟味して決める「是々非々」の姿勢を貫いてほしい。

 日本政府の方針は、安倍晋三首相が昨年6月に「一帯一路」への協力を表明したのを受けて、外務省など関係省庁がまとめた。

 第三国で日中の企業が協力する例として(1)太陽光発電など省エネ・環境協力(2)工業団地の建設など産業の高度化(3)アジア・欧州を横断する物流の利活用――の3つを打ち出した。

 具体的な案件が不明な段階で詳しくは評価できない。ただ、日本の官民が事業にかかわるならば、工事の受発注などの手続きは公正でなければならない。

 懸念は強い。米戦略国際問題研究所(CSIS)によれば、中国が融資した「一帯一路」の関連工事のうち約9割は中国企業が受注した。地元企業が受注したのは7%台にとどまっているという。

 世界銀行やアジア開発銀行(ADB)などの国際機関の融資で中国企業の受注が約3割にとどまるのと比べ、著しく均衡を欠く。

 中国による中国のためのインフラ整備では困る。中国は経済協力開発機構(OECD)加盟国ではないが、国際ルールに準じた手続きをとらないと国際社会の信認は得られない、と認識すべきだ。

 中国はスリランカに港湾建設向け融資をし、返済できなくなった同国から権益を得た。アフリカのジブチでは海軍の拠点をつくり、ギリシャでは国有企業が港湾の運営権を握った。

 仮に中国が「一帯一路」の名の下で外国の港湾の軍事利用を進めれば、地域の安全保障秩序を大きく揺るがしかねない。日本として警戒を怠ってはならない。

 日本が「一帯一路」で中国と協力を探るのはよい。だが日中関係改善を大義に無原則で協力していいわけがない。大事なのは日本の国益を意識した規律ある対応だ。

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家族留学から見えてきた、いまこそ考えるべき「家族の組織論」- Forbes JAPAN

家族留学から見えてきた、いまこそ考えるべき「家族の組織論」- Forbes JAPAN | Brain & Soul | Scoop.it
家族は“小さなチーム”である──多くの子育て中の女性達にお話を伺った中で、繰り返し聞いた印象的な言葉だ。私は2014年にmanma(マンマ)という組織を立ち上げ、「家族留学」という取り組みを中心に運用してきた。これは
Shinji Nakamura's insight:
みんな心のどこかで「結婚したって幸せになれるわけじゃない」と分かっているはずだ。  

では、結婚なんてしなければよいのか。結婚の先にある幸せを諦めるべきなのか。私は、そんなことないと信じたい。結婚した”だけ”で幸せになれると思っていた時代は、もう終わっているのだ。  

「結婚すればいつか幸せになれるはず」という考えは、「会社は従業員が何もしなくとも自然に利益を出し成長するはず」という考えと等しい。  

家族の組織論を考えるべき時代
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日本で急速に進む「宗教の観光利用」の危うさに気づいていますか(岡本 亮輔) | 現代ビジネス | 講談社(1/5)

日本で急速に進む「宗教の観光利用」の危うさに気づいていますか(岡本 亮輔) | 現代ビジネス | 講談社(1/5) | Brain & Soul | Scoop.it
近年、日本で宗教の観光利用が盛んになっている。パワースポットやスピリチュアルという表現をはじめ、「政教連携」といった言葉まで使われるようになっている。宗教と観光が一体となって地域を動員するようになった背景を、 宗教学・観光社会学を専門とする北海道大学准教授・岡本亮輔氏が読み解く。
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日本人奴隷が大量に海外流出したこととローマ教皇の教書との関係~~その3

日本人奴隷が大量に海外流出したこととローマ教皇の教書との関係~~その3 | Brain & Soul | Scoop.it
われわれが学校で学んできた歴史は、西洋にとって都合の良い内容を押し付けられてきたのではなかったか。西洋の世界侵略や奴隷貿易のことを知らずに日本史を理解しようとするために、戦国時代以降近現代の歴史理解が随分歪んだものになってはいないだろうか。
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BBC Doc Claims Jesus Was A Buddhist Monk Named Issa Who Spent 16+ Years In India & Tibet -

BBC Doc Claims Jesus Was A Buddhist Monk Named Issa Who Spent 16+ Years In India & Tibet - | Brain & Soul | Scoop.it
The life story of the most famous person who has ever lived is, in fact, filled with a mysterious gaping hole. From the age of 13 to 29 there is no Biblical, Western, or Middle Eastern record of Jesus‘s whereabouts or activities in Palestine. Known as “The Lost Years,” this gaping hole remained a mystery until one explorer’s remarkable discovery in 1887. In the late 19th century a Russian doctor named Nicolas Notovitch traveled extensively throughout India, Tibet, and Afghanistan. He chronicled his experiences and discoveries in his 1894 book The Unknown Life of Christ. At one point during his voyage, Notovitch broke his leg in 1887 and recuperated at the Tibetan Buddhist Monastery of Hemis in the city of Leh, at the very top of India. It was here where monks showed Notovitch two large yellowed volumes of a document written in Tibetan, entitled The Life of Saint Issa. During his time at the monastery, Notovitch translated the document which tells the true story of a child named Jesus (i.e. Issa = “son of God”) born in the first century to a poor family in Israel. Jesus was referred to as “the son of God” by the Vedic scholars who tutored him in the sacred Buddhist texts from the age of 13 to 29. Notovitch translated 200 of the 224 verses from the document. During his time at the monastery in 1887, one lama explained to Notovitch the full scope and extreme level of enlightenment that Jesus had reached. “Issa [Jesus] is a great prophet, one of the first after the twenty-two Buddhas,” the lama tells Notovitch. “He is greater than any one of all the Dalai Lamas, for he constitutes part of the spirituality of our Lord. It is he who has enlightened you, who has brought back within the pale of religion the souls of the frivolous, and who has allowed each human being to distinguish between good and evil. His name and his acts are recorded in our sacred writings. And in reading of his wondrous existence, passed in the midst of an erring and wayward people, we weep at the horrible sin of the pagans who, after having tortured him, put him to death.” The discovery of Jesus’s time in India lines up perfectly with The Lost Years of Jesus, as well as with the degree of significance of his birth in the Middle East. When a great Buddhist, or Holy Man (i.e. Lama), dies, wise men consult the stars and other omens and set off — often on extraordinarily long journeys — to find the infant who is the reincarnation of the Lama. When the child is old enough he is taken away from his parents and educated in the Buddhist faith. Experts speculate that this is the foundational origin of the story of the Three Wise Men, and it is now believed Jesus was taken to India at 13 and taught as a Buddhist. At the time, Buddhism was already a 500-year-old religion and Christianity, of course, had not even begun. “Jesus is said to have visited our land and Kashmir to study Buddhism. He was inspired by the laws and wisdom of Buddha,” a senior lama of the Hemis monastery told the IANS news agency. The head of the Drukpa Buddhist sect, Gwalyang Drukpa, who heads the Hemis monastery, also confirms the story. The 224 verses have since been documented by others, including Russian philosopher and scientist, Nicholas Roerich, who in 1952 recorded accounts of Jesus’s time at the monastery. “Jesus passed his time in several ancient cities of India such as Benares or Varanasi. Everyone loved him because Issa dwelt in peace with the Vaishyas and Shudras whom he instructed and helped,” writes Roerich. Jesus spent some time teaching in the ancient holy cities of Jagannath (Puri), Benares (in Uttar Pradesh), and Rajagriha (in Bihar), which provoked the Brahmins to excommunicate him which forced him to flee to the Himalayas where he spent another six years studying Buddhism. German scholar, Holger Kersten, also writes of the early years of Jesus in India in the book Jesus Lived In India. “The lad arrives in a region of the Sindh (along the river Indus) in the company of merchants,” writes Kersten. “He settled among the Aryans with the intention of perfecting himself and learning from the laws of the great Buddha. He travelled extensively through the land of the five rivers (Punjab), stayed briefly with the Jains before proceeding to Jagannath.” And in the BBC documentary, Jesus Was A Buddhist Monk, experts theorize that Jesus escaped his crucifixion, and in his mid-late 30s he returned to the land he loved so much. He not only escaped death, but he also visited with the Jewish settlers in Afghanistan who had escaped similar tyranny of the Jewish emperor Nebuchadnezzar. Locals confirm that Jesus spent the next several years in the Kashmir Valley where he lived happily until his death at 80-years-old. With sixteen years of his youth spent in the region, as well as approximately his last 45, that means Jesus spent a total of roughy 61 to 65 years of his life in India, Tibet, and the neighboring area. Locals believe he is buried at the Roza Bal shrine at Srinagar in India-controlled Kashmir. The BBC visited the shrine and you can read about what they found HERE.
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「うろつき行為」の判断基準は? 東京都の改正迷惑防止条例が成立

「うろつき行為」の判断基準は? 東京都の改正迷惑防止条例が成立 | Brain & Soul | Scoop.it

2018年03月30日 10時11分 JST | 更新 6時間前

「うろつき行為」の判断基準は? 東京都の改正迷惑防止条例が成立  条例が規制するのは、恨みやねたみなど「悪意の感情」に基づく行為。 朝日新聞社提供 


改正条例の主なポイント

 
「うろつき」の判断基準は? 都の改正迷惑防止条例成立

 「みだりにうろつくこと」を規制対象に新たに加えるなどした東京都の改正迷惑防止条例が29日、都議会本会議で共産などを除く賛成多数で可決、成立した。規制対象と認定する基準があいまいだとして、市民運動や報道機関の取材活動への悪影響を懸念する声もある。施行は7月1日。同様の規定は17道府県の条例に盛り込まれている。

 知人同士のトラブルで、男が相手の自宅周辺をうろつく――。改正条例案を提出した警視庁は、こうした事案に対応できるようになると説明する。

 警視庁によると、実際こうしたトラブルが過去にあったが取り締まりの対象にならなかった。うろついていた男は後日、被害者を蹴るなどして5日間のけがを負わせたとして、傷害容疑などで逮捕されたという。

 改正条例は、「つきまとい」「粗野・乱暴な言動」「連続電話」「汚物の送付」の4類型だった規制対象に、「監視していると告げること」「名誉を害する事項を告げること」「性的羞恥(しゅうち)心を害する事項を告げること」の3類型を追加。「つきまとい」の定義に、住宅周辺での待ち伏せや見張りなどに加えて「みだりにうろつくこと」を新たに盛り込んだ。また、電話やファクスを想定していた「連続電話」に電子メールやSNSなどへの連続送信を追加。7類型のいずれも「反復して行ってはならない」としている。

 条例が規制するのは、恨みやねたみなど「悪意の感情」に基づく行為。恋愛感情に基づくものは、8類型に分けられてストーカー規制法で禁じられている。逆恨みから、相手の自宅に相手を中傷する内容の文書やひわいな写真などを繰り返し送りつけるような事例も、改正条例で取り締まりの対象になり得るという。

 改正条例は盗撮行為を規制できる場所も拡大した。電車や銭湯など公共の場所に加え、住居内やホテルの居室などの私的空間や、学校、会社の事務室といった不特定または多数の人の出入りがある場所にも広げた。

 迷惑防止条例の内容は各都道府県によって異なるが、警視庁などによると改正都条例と同様に「うろつき」行為やメールの連続送信などを規制する規定は、すでに北海道や三重県、大阪府、鹿児島県など14道府県の条例に盛り込まれて運用されており、ほか3県でも成立している。

(朝日新聞デジタル 2018年03月29日 22時05分)

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「うろつき行為」の判断基準は? 東京都の改正迷惑防止条例が成立  

改正迷惑防止条例が成立 都議会 市民活動萎縮の恐れも 
東京新聞 9 時間前  

盗撮摘発 学校・職場も 県迷惑防止条例 改正案が可決 

改正迷惑防止条例、都議会で可決 7月1日から施行 

「うろつき」の判断基準は? 都の改正迷惑防止条例成立 

東京都、改正迷惑防止条例が成立 デモや報道規制の懸念も 

東京都、改正迷惑防止条例が成立 
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Grow Food Year Round in a $300 Underground Greenhouse

Grow Food Year Round in a $300 Underground Greenhouse | Brain & Soul | Scoop.it
The word Walipini, derived from the Aymaran language and an indigenous Bolivian tribe, is translated as “a place of warmth” and is an earth sheltered cold frame or transparent-roofed enclosure. This underground greenhouse was created for the cold regions of South America to maintain food production year round, but is now being adopted by gardeners of all skill levels across the world. Most say that Walipinis should be at least 8’ by 12’ in size, but many people build even larger. Searching online you can find all types of plans and blueprints on how to design your underground greenhouse. The
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世界で最も幸せな国、20カ国 | BUSINESS INSIDER JAPAN

世界で最も幸せな国、20カ国 | BUSINESS INSIDER JAPAN | Brain & Soul | Scoop.it
世界で最も幸せな国には多くの共通点がある。その1つが、移民に関する政策。国連が発表した最新の「世界幸福度報告書」は、収入、健康寿命、社会支援、自由、信頼、寛容さなどで各国の幸福度を評価。特に今回は移民に注目が集まった。「特筆すべきは、移民
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ハイライト・前大阪大学 総長、大谷大学 文学部 教授 鷲田 清一 氏「しんがり務める人多い社会に」

ハイライト・前大阪大学 総長、大谷大学 文学部 教授 鷲田 清一 氏「しんがり務める人多い社会に」 | Brain & Soul | Scoop.it
最近、書店に行くとリーダー論について書かれた本がたくさん並んでいる。しかし、リーダーがどういう人かは大事な問題ではない。むしろリーダー論がはやる時代は大変危ない。リーダーはほんのちょっといればよいのに、誰もが、自分がリーダーになりたいと思う社会はもろい。皆が部分的な知識しか持ってなく、皆が未知の作業に入っていこうという時に、リーダー論を読んで、その通りやろうという人がリーダーになれるわけはない。前例踏襲はできるが、新しい社会生活の知恵を切り開くリーダーになるはずがない。

今大事なのはリーダーがどういう人かではなく、賢いフォロワー(随行者)がどれだけいるか、ということだ。全体を見渡し、何か見落としていないかという視点をリーダーではなく、フォロワーが持たなくてはならない。なぜかというと、市民生活の議論は政治家という職業専門家がやるのではなく、地域で、あるいは大きな都市計画の中でそれぞれ本業を持っている人が市民として登場し、本業の外で議論する必要があるからだ。

リーダー、インストラクター(指導者)は、絶えず入れ替わらないといけない。フォロワーが、とりあえずやってほしいという人をリーダーに推戴し、支え、リーダーに無理がかかっていないか、見落としはないか、脱落者はいないかあるいは組織に無理がかかっていないかといった全体を見渡す目、責任は、フォロワーが握っている。つまり、そういう賢いフォロワーが一人でも多い社会が成熟した社会だ。

こうしたフォロワーシップが大事だということは、昨年亡くなった梅棹忠夫先生の生前、最後のインタビューをまとめた本(注)の最終ページでも見かけた。先生は、これからの私たちが持つべき心がけとしてこんなことをおっしゃっている。

「請われれば一差し舞える人物になれ」。人から頼まれたら全部やらなくともよいが、せめて一差舞えるくらいの人物になれ、ということだ。これはリーダーとフォロワーが絶えず入れ替わる市民社会の活動、議論の中で、「請われれば一差舞う」つまり短期間リーダーの役割を果たせるよう日ごろから努力しておけ、ということだと思う。

梅棹先生の言葉から考えたのが、フォロワーシップであり、もう一つは「しんがり」という言葉だった。どう考えてもこれからの日本社会はある種の退却戦、後退戦を強いられる。これまでのような経済成長は絶対にありえない。そういう時、一番大事な役柄は、退却戦の先導役ではなく、しんがりを務める人だ。脱落者はいないか、皆、安全なところへ逃げたか、を確認してから自分も退却する。登山でも、脱落者がいないか、隊列が離れすぎていまいか、しっかり確認する最後尾が一番屈強な人が担うという。

よきフォロワーになり、場合によっては自分がしんがりを務める。そういう人が1人でも多くなる社会をつくっていくことが、大事ではないだろうか。

(注)「梅棹忠夫語る」(聞き手 小山修三、日経プレミアシリーズ)
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94歳が断言"読書が役立つのは30代まで" | プレジデントオンライン | PRESIDENT Online

94歳が断言"読書が役立つのは30代まで" | プレジデントオンライン | PRESIDENT Online | Brain & Soul | Scoop.it
ベストセラー『思考の整理学』の著者である外山滋比古さんは、94歳となったいまでも広い分野で研究を続けている。「40代からの知的生活術」…
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コショウたっぷりの肉料理とワインに舌鼓

コショウたっぷりの肉料理とワインに舌鼓 | Brain & Soul | Scoop.it
アパッペマヤジフ2017年9月、麻布十番にオープンした「アパッペマヤジフ」は、何と“コショウ”が主役のレストラン。スリランカ産とベトナム産のコショウを味わうための料理を提供する。「多くの料理に使われる…
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1日100個限定で連日即完売! 名店セイロンが作る絶品シナモンロールの美味しさの秘密│

1日100個限定で連日即完売! 名店セイロンが作る絶品シナモンロールの美味しさの秘密│ | Brain & Soul | Scoop.it
小田急線の向ケ丘遊園駅から徒歩約10分の場所にある、パッと目を引くオレンジ色の壁が目印の小さなお店がセイロン(CEYLON)です。けっして便利な場所ではないのに、連日開店前からお客さんが列をなします。皆のお目当ては、1日100個限定のシナモンロール。
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バングラ証取にも中国勢 出資者に選定、インドと勢力争い(写真=AP):日本経済新

バングラ証取にも中国勢 出資者に選定、インドと勢力争い(写真=AP):日本経済新聞 | Brain & Soul | Scoop.it

バングラ証取にも中国勢 出資者に選定、インドと勢力争い
2018/2/20付日本経済新聞 朝刊


 【ニューデリー=黒沼勇史】バングラデシュのダッカ証券取引所は19日、株式会社化に合わせ募っていた証取株25%の出資者として、中国の上海証券取引所と深圳証券取引所の連合を選んだと発表した。インドの証取も応札していた。バングラ政府がダッカ証取の決定を支持すれば中国勢による出資が決まる。中印は南アジアで勢力争いをしており、バングラの金融インフラの行方も地政学的な競争に影響する。


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ダッカ証取への出資は中国勢が優勢(ダッカ)=AP

 ダッカ証取のアブル・アシェム会長は19日開いた取締役会で、上海・深圳証取連合の出資提案を受け入れると「全会一致で決めた」と記者団に明らかにした。この決定を近く監督機関のバングラデシュ証券取引委員会(BSEC)に諮り、政府としての判断を決める。

 ダッカ証取は取引所の近代化へ株式会社化を計画し、全18億株のうち25%を外国の証取に売る方針。上海・深圳証取連合は1株当たり22バングラデシュタカ(約28円)、総額で99億タカで応札し、約3700万ドル(約39億円)相当の技術支援も提示していた。

 インド側は西部ムンバイを本拠とするナショナル証券取引所(NSE)が米ナスダックなどと組み、1株15タカで応札した。入札価格で不利な状況を覆そうと、NSEのビクラム・リマイェ最高経営責任者(CEO)は11日、バングラの首都ダッカに飛びBSECと直談判。金銭面以外も考慮するよう求めている。

 NSEは民間組織だが、政府の要請で設立された経緯もあり、ダッカ証取への出資競争は、中印両国が南アジア各地で繰り広げる勢力圏争いの一環とみる向きが多い。

 上海・深圳証取連合は2017年1月、パキスタン証券取引所株40%を現地金融機関などと共に取得した。中国の証取が海外市場を傘下に収める初事例となった。相互上場や、出資先の市場での人民元建て金融商品の上場が進めば、現地経済への中国の影響力は増す。

 中国は広域経済圏構想「一帯一路」を掲げ、南アジア各国への経済進出を急いでいる。パキスタンとスリランカでは港湾運営権を取得。インフラ整備資金を投融資し、中国企業が建設を担い、当該国の対中債務も増やして、経済面から影響力を高める手法を駆使する。

 国境の9割超をインドと接するバングラに対し、中国はこれまで攻めあぐねてきた。習近平(シー・ジンピン)国家主席がダッカを訪れた16年に、バングラのハシナ首相は中国による200億ドルの投融資表明を歓迎したが、中国が資金支援を示していた南東部ソナディアの港湾整備計画は、同年に撤回している。

 金融インフラである証取への出資案件は、中国にとり、人口で世界7位のバングラ経済への突破口になり得る。一方、インドは周辺国の中国傾斜が進むなか、インド寄りのバングラを囲い込めるかどうか注目される。

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日本の農業をぶっ壊す種子法廃止、なぜほとんど話題にならない?=田中優

日本の農業をぶっ壊す種子法廃止、なぜほとんど話題にならない?=田中優 | Brain & Soul | Scoop.it
私たちが口にする食べ物が体を蝕み、様々な疾病の原因となるとしたら…。そんな未来が現実になりかねない「主要農作物種子法の廃止」がこの4月に迫っています。
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21世紀で生き残るために成功し自由になる〜資本主義と民主主義のルールを知らない日本は負け続ける〜 - YouTube

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21世紀で生き残るために成功し自由になる〜資本主義と民主主義のルールを知らない日本は負け続ける〜 - YouTube

清水 有高     2017年7月4日 · 

今回の話は年収アップとか速読!とかそういうテーマではなく〜資本主義と民主主義のルールを知らない日本は負け続ける〜というものです。重い・・・年収アップや速読よりも人気出なさそうだ。でも頑張って読んでFacebookでいいね!つけてと正直に言います。参考図書は夏目漱石、福沢諭吉、川島武宜、小室直樹、ジョン・ロック、トマス・ホッブズ、そして幼女戦記。何故かこれを書いている最中はアニメ版幼女戦記のLOS!LOS!LOS!が流れていました。戦場へ!前線へ!そして死の淵まで!命を捨てたその覚悟を示せ!ってやつです。文章には関係ないです(笑) 『速読多読 資本主義の独裁に屈した民主主義?未来で生きるための独立心』というテーマでライブを話したのですがそれを修正して書き起こしました。オレンジの花柄のシャツを着ている私と女の子の平田が話しているのですが、内容が真面目すぎて自分で読んでびっくりしました。話している時は笑顔で軽く喋っているのですが、内容は真面目です。 その動画の冒頭で話しているのが 清水:今日は大変暗いタイトルからスタートしたいと思います。ニーチェの神は死んだは20世紀だったかな。検索してみたら19世紀から20世紀にかけてだね。民主主義は死ぬの前提で話そう。読書を月1500冊してて、さらに勉強もして、ニュースも読んで思った結論が民主主義は死ぬなんですよ。まあでも日本人は民主主義を意識していたわけではないからね。 平田:そこは本当ですね。夏目漱石の私の民主主義を読みましょう。 という風に語っています。これ、平田と後で話していたのですが『私の個人主義』と『現代日本の開化』が混ざって間違っていました。間違いを素直に認める平田は偉い!.......
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英語のリスニング力UPにつながりそうな「脳の仕組み」情報

英語のリスニング力UPにつながりそうな「脳の仕組み」情報 | Brain & Soul | Scoop.it
英語のリスニング力UPにつながりそうな「脳の仕組み」情報

前回に続いて、映像制作者、TVタレント、そしてパフォーマンス・テクノロジー哲学者でもあるジェイソン・シルバ(Jason Silva)さんの情報をもう1つ。4/22から、ケーブルTV局「ナショナル・ジオグラフィック・チャンネル」(National Geographic Channel)ではじまった「ブレイン・ゲーム」(Brain Games)という番組の新シリーズの進行役に、シルバさんが抜擢されてるそうです。

これは、脳の仕組みにちなんだ様々な話題を取り上げる番組ということで、シルバさんにピッタリ。

あと、アメリカでは、近年、生きた人間の脳の活動を観察できるMRIなどの科学技術が進歩したことにより、脳関係の新発見が相次いでまして関連ニュースや書籍もいっぱい出てるんですけど、こんなテレビ番組まであるんですね。へぇー。

で、どんな内容か気になって過去の番組動画をいろいろ見てたら、英語学習の参考にもなりそうな、興味深い内容の実験を見つけました。以下のものです。



ご覧のとおり、人間の脳は、初めて聞いた時は何て言ってるか分からない音でも、一度、それが何て言ってるかインプットされると、次に同じ音を聞いた時、ちゃんとそう聞こえるようになるんですよー!!! すごい。英語のリスニングの勉強の仕方ががらりと変わってしまうかもしれない「脳の仕組み」情報。でも、こんな情報、日本に伝わってましたっけ??? 

あと、ありがちですが以下、1つおまけとして、人間の脳が色を見分ける仕組みの実験。上下2つのタイルの色は、一見、上が濃くて下が薄く見えますが、その間にある光と影の部分を隠してみると(指で隠してみても確認できます)同じ色になります。まだまだ脳の不思議いっぱい。

〔ご参考〕
http://braingames.nationalgeographic.com/:番組公式サイト
・New TV show plays tricks on your brain[ April 23, 2013、CNN]

〔脳関連過去ログ〕
・子どもは大人よりも夢をコントロールする能力がある?![2013-01-28]
・「70代の脳でも30代に若返る」とか「セロトニンが増えると目先の小さな報酬に飛びつかない」っていう新発見[2011-01-23]
・人間は加齢とともにますますクリエイティブになるんだよーという記事[2011-01-04]~ボケるどころかむしろ歳を取るほどクリエイティブになるという新発見
・脳の健康にとても良い街、ニューヨーク[2010-10-15]
・より良い判断を行うには、理性と感情の両方が必要!How We Decide[2010-03-29]
・運動するもう1つの理由:頭が良くなる!?[2009-08-19]
・進化しつづけるココロとアタマ ‐"The Mature Mind"[2007-03-19]~「歳取ると脳細胞が死んでいく・・・」というこれまでの常識を覆す新事実、新しい脳細胞は一生形成され続ける
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